大不況の足音(その4〜5+α)

宮崎正弘氏のメルマガからの転載で、続きです。

大不況の足音シリーズ4〜5+αです。

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月20日(土曜日)弐
         通巻第2325号  
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(大不況の足音 その4)

ブッシュ政権が金融再建のための総合対策を発表したが、砂漠に水をまく行為。
システムの延命と当面の市場安定が得られても、ドルの崩落は不可避的となった
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 世界市場の大波乱が続いている。
株価の乱高下はジェットコースター相場の再現である。
週末にブッシュ政権が大規模な公的資金導入を発表し、AIG救済、メリルリンチ合併に引き続きての緊急措置として、総合的再建策をまとめた。
 
19日に発表された大枠とは、−
(1)公的資金を使った不良資産の買い取り機関を創設する
(2)貯蓄性の高い投資信託MMF(マネー・マーケット・ファンド)の保護に政府基金最大500億ドル(約5兆4000億円)を使う
(3)金融機関株式の空売り(ショート・セル)を全面禁止する
などを目玉に、投入する公的資金の規模は数千億ドル(数十兆円)になるという。
しかし国民の税金を後ろ向きに投資する金融機関の不良資産買い取りの具体策は議会との調整が必要だ。

 ブッシュ米大統領はポールソン財務長官をともなって記者会見し、「市場は不安定であり、政府介入が必要だ。公的資金を用意している」としたが、顔色はさえず、そもそもブッシュ大統領は個人的にシステムの本質を理解していないだろう。

 直後から世界的規模で株価が反騰した。一瞬の安心感、心理パニックの瞬間的治癒。
 私が注目したのは、三項目の(2)、MMF保護である。
MMFは個人投資家が銘柄選択に躊躇するとき、投資のプロ達が「絶対安心」の銘柄を組み合わせて、安定した投資信託として売る金融商品のベストセラー。よもや、この最後のリゾートであるMMF市場までがこわれかけていたとは!

 現実に老舗パトナムがMMF精算を発表したというニュースに触れて驚いた。パトナムのMMFと言えば、超安全な政府債、社債、超優良企業の株にしか投資せず、今回の金融危機表面化以後も、適切に配当を維持させていた。
そのパトナムのMMFさえ、投資家のパニック売りか、あるいは手元資金充足のための解約か、全米規模で解約要請が集中し、まともな投資信託の運営が難しいとして精算に踏み切ったというのだ。
 これは一種の取り付け騒ぎに近い。

 同時に総合再建策を検討し基本的な事態の本質を整理してみると、中核的解決には結びつかないことが分かる。

 先にもふれたが、米国の住宅証券はすでに600兆円という天文学的市場規模。これが「米国債より安心」というセールストークで海外に売りまくった。おおよそ四分の一が外国勢所有。残り四分の三が米国の金融機関。韓国では公的年金ファンドが購入してきた。日本の保有額が25兆円! 全体の4・2%弱。

 さらにこれを梃子にデリバティブで新しい金融商品に化かしているため、全体の規模は4500兆円。
 まさに信用の膨張と野放図な金融資本主義への信仰だ。

 米国政府はファニーメイフレディマック債券の保証として21兆円を投入するとしたが、手元資金不如意のため、日本、EU、英国など六極の中央銀行に呼びかけて共同でドル資金の供給を決めた。
これは三月の「ドル防衛」という三極の密約に従う。
 
英語圏の新聞は「Central Banks Unite to Offer a  Lifeline」と書いた。まさにライフライン確保の資金提供で中央銀行が団結して見せた、とうい意味である。(日本経済新聞の見出しは「六中銀、米危機対応で19兆円、日米欧、ドルを緊急供給」(9月19日)となっていた)。
 日銀は六兆円を供給し、欧米銀の資金繰りを支援した。


 ▲米国にとって次の関心事はドル防衛である。

 だが、こうした小手先の措置は緊急措置であっても、本質の治療とはいえない。肺ガンとわかっているのに、風邪薬を与え、とりあえず睡眠薬を飲ませて静かにさせようというごまかし、換言すれば砂漠に水を蒔くようなものである。
 しばしの延命はかえって本体を危険にさらす。

 国債と住宅債を産油国などが売り浴びせに出れば市場は混乱から損壊へと至る恐れがあり、ドルは下落というより崩落に至る恐れが高まっている。だからブッシュ政権は株の空売りを禁止する挙にでた。
 株式市場での行為が禁止されれば次なる標的は通貨である。
一ドル=80円、70円時代が来ることになり、世界経済の基本が失われる懸念がさらに現実的となってきた。

 日本は米国追随型だから、保有を維持するだけでも、みすみす巨額の損害をだす米国債の引き続きの保有を中断することが出来ない。
まだまだ必死で紙くず化してゆくドルを守ろうとするだろう。

 ドルの価値が下落し、ドル本位制が崩落すれば、日本からの輸出産業が壊滅する懸念があり、これが心理恐慌をきたして、ドルを守ろうということになるわけだが、基本的には軍事力のない日本が米国に安全保障をゆだね続ける限り、ほかの通貨が、その國の国益を守るためにドル離れを起こしても、日本はドルとの心中しか選択肢がないことになる。

 麻生次期政権は、この“どんづまり状況”を独自の経済政策で突破できる「とんでもない構想力」を持っているとも思えないし、小派閥の悲哀から自民党を強引に牽引できる政治的実行力はさらに疑わしいだろう。
 米国の金融危機は日本の存亡をかけた金融戦争になるというのに。
  (この項つづく)
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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月21日(日曜日)
         通巻第2326号  
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(大不況の足音 その5)

 米財政赤字の累積は10兆6千億ドルから11兆3千億ドルへ
  「危機は去った」という楽観論は情報操作、危機は実際には深化している
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 米国の金融再建策が、大規模かつ大胆であったため世界的に株価が回復、一部には「危機は去った」と楽天的見通しを語るエコノミストがいる。

 ブッシュ政権は主眼として個人財産を守るためにMMF救済に財政出動不良債権買い取りの二大支柱のひとつに位置づけた。
 ただ、このために財政赤字累積額上限を設定し、これの議会承認が必要である。休会前状態で大統領選挙本番を控える米国議会は、これを承認する模様だ。

 で、累積赤字は11兆三千億ドルになる。
米国のGDPが15兆ドルと推定されるから、対GDP比で75%。日本の累積赤字は建設国債を含めて800兆円とすると、対GDP比は145%。
 日米比較で言えば、まだ米国のほうが「健全」?

 しかし国民の金融資産比でみると日本の1500兆円の金融資産から見れば、日本政府の抱える累積債務は国民の資産の53%。反対に米国は消費優先、クレジットカードで借金している社会だから、担保がない。
 つまり、米国債は販売の25%以上を海外投資家に依存せざるを得ないのである。

 財政の巨額出動で当面の危機は乗り切るかもしれない。しかし本質に横たわる根源的なガンはさらに内部を浸食してゆくだろう。

 言ってみれば財政出動による金融機関と預金の救済は必要だろうけれども、モラルハザードの拡大であり、実質経済は悪質になる。

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月22日(月曜日)
         通巻第2327号  (9月21日発行)
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 はやくも倒産続出、中国広東省の繊維メーカー
  ベトナムの労賃は30%安、国内の江西省は20%安、広東省は動揺の最中
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 米国が不況入りすると真っ先に困るのは対米輸出で経済が成り立ってきた中国。それも製造業が集中している広東省である。広東省だけで対米輸出の全中国における三割の比率を誇り、繊維産業はとくに東莞に集中してきた。
 
 世論調査によれば、広東での製造業が向こう三年以内に成立が困難と極めることになると予想する向きが大半で、その理由として(複数回答)、−
 (1)通貨人民元の切り上げで競争力をなくす    70・3%
 (2)インフレによる電力、材料費などコスト高   70・3%
 (3)賃金上昇                  51・8%
 (4)労働者の質                 33・3%
                  (数字はTIME、08年9月29日号)

 すでに価格競争力のない繊維産業(台湾企業が多い)はベトナム津波のように脱出し、或いは中国のメーカーは賃金が国内でもまだ安い奥地のひとつ江西省へ工場移転を続けている。

 現在も操業を続けている六万社の輸出企業のうちの三分の一、つまり二万社が三年以内に倒産するだろうと同タイム誌はいう。
 ――ということは生き残るのは四万社だけ?

 労働賃金の上昇は広東省深せんで月給最低賃金が千元、広州市が890元。くわえて、労働法が改正されて、十年以上連続勤務の従業員には終身雇用を保障しなければならなく、あげくに全企業に労働組合の結成が義務づけられた。

 外国企業の中国撤退は、これからが本番である。
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ニューヨークタイムズに早くも不良債権買い上げへの懐疑論

 21日付けNYタイムズは、財務省が発表した7000億ドルの政府緊急支出による不良債権買い取りに関して強い懐疑論を報じている。

 「ベアスターンズ救済に米国政府が介入したことで金庫はそこをついたが、AIG救済に290億ドルを支出すると言い、ファニーメイの危機に250億ドル、そして今回は5000−7000億ドル、場合によっては一兆ドルの政府支出となるが、この財源を赤字国債で埋めようと言っても、それを誰が買うのか?議会は簡単に承知するのか」と。
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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月22日(月曜日)弐
         通巻第2328号 
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 危機は去ったか? まだそこにある世界金融大崩壊
   モスクワは1800億ドル放出し、市場流動性を維持へ
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 なぜか心理的な安心感が市場に拡大し、日本株も朝から上昇に転じた(22日午前九時20分)。

 ロシアはやっぱり身勝手な國である。モスクワの株式市場と通貨ルーブルを安定させるために、1800億ドルの市場介入を決めた。
 世界でも珍しくモスクワの株式相場が上昇している。

 一方、議会の承認を得られるかどうか、ポールソン財務長官の大胆な救済案(7000億ドル)は、今夕、連邦議会に提出される。
 だが、たとえ救出案が実現しても、これは後ろ向きの不良債権処理であって前向きの投資とはならないのである。
本質的に信用の縮小は継続し、空売りも禁止されたため市場の機能が急減する。
銀行は本来の業務に支障がでる。
 
 いかなる救済策、浮揚策がとられようとも、「経済は停滞の方向へ転回する」(GRIND TO HALT。ウォールストリート・ジャーナル、21日付け)

 一ヶ月ほど前にイングランド銀行の市場担当チーフ、ポールタッカーが言った。
 「我々は金融戦争の突入している。だが敵は一体誰だ?」

 年収3000万円、役員ボーナス五億円というのはざらだった。繁栄の極にあったウォール街は突如、荒野と化した。
 豪華マンションが売りに出る。ポルシェは中古市場がにぎわい、ウォール街幹部が食した豪華レストランは枯れ木となり、逢い引きにつかった豪華ホテルは客が激減し、さらにはティファニーもブルガリも欧米では売れ行き不振に陥るだろう。

 ウォール街ではすでに11万人の雇用が失われた。
 リーマンブラザーズ、メリルリンチの失業の列がこのうえに重なり、おそらく20万人の高給取りが職と収入とを失う。NY市の税収も激減するだろう。

 米国の金融異変は世界に様々な余波を及ぼした。
 発展途上国の中でも、とくにエマージェンシーといわれた新興工業国家群は、ING銀Q行の調査で、合計1110億ドルの不良債権が生じるという。

 またリーマンブラザーズの後処理問題、日本では資産保護が発令されたが、香港のリーマンブラザーズは、その部門買収などの後処理をめぐってスタンダード・チャータード銀行野村證券バークレー銀行が三つ巴の血みどろの主導権争い。

 次の転回は思わぬ劇を生みそうだ。
  
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宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
    平成20年(2008年)9月23日(火曜日)
         通巻第2329号  (9月22日発行)
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 えっ、こんな奥の手があったか! モルガンとゴールドマンサックスが持ち株会社
  それでも金融危機は遠のいたわけではない。一瞬の大事故を避けたに過ぎない
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日本時間、9月22日。またしても驚きのニュース!
米国証券のトップ=ゴールドマンサックスと第弐位のモルガン・スタンレー持ち株会社に移行するという、ひっくり返るようなニュースがウォール街から飛び込んできた。
これでウォール街の上位五社は、さっぱりと消え去る。
三位のメリルリンチバンク・オブ・アメリカに買収され、四位のリーマンブラザーズは倒産した。
五位のベアスターンズは、JPモルガン・チェース救済合併した。

翻って投資銀行としてトップ両社の合併は投資銀行専門から離れて、商業銀行の機能を強化して預金残高を高めるわけで、当然だが今後はFRBの監督が強化される。

まるでグラススティーガル法の復活のごとしだ。
グラススティーガルによって、米国では証券と銀行の垣根を厳密に分けていたが、80年代に規制緩和で垣根がファイア・ウォール(防火壁)程度になり、証券(投資銀行)が大手をふるって、自由な市場に新商品開発という名のデリバティブの博打技術を持ち込んだのだった。

今回の危機はこのようにウォール街にたまっていた膿、累積された危機の爆発でもあった。

ヘンリー・ポールソン財務長官はゴールドマンサックス会長からブッシュ政権入りした。過去に数々の金融新製品を売り出し、猛烈に投資家に売り込んだ実績を誇る即断の人。
中国の四大国有銀行の香港株式市場への上場を熱心に説いたのも、ゴールドマンサックス会長時代のかれである。

決断の締め切りが迫られるという心理圧力環境をこよなく愛し、また大胆な決断が出来る。
鉄火場で心理的に燃えるタイプ、数々の乱気流の嵐を生き延びた。酒もタバコのたしなまず休日には双眼鏡片手にバード・ウォッチングが趣味という変人でもある。
いちど間違えてウォッカを飲んで、真っ赤な顔を数時間も持続させながらそれでも仕事をし続けたという逸話がある。

一方のベン・バーナンキFRB議長は、プリンストン大学で教鞭をとった学窓の理論家、とくに大不況の研究で知られ、29年のウォール街暴落から1933年の大不況にいたる[GREAT DEPRESSION(大不況)]のあいだに政策決定者は何を間違えたかと研究した。

二人ともブッシュ政権入りする前は、まったく住む世界が異なり、お互いに会ったこともなかった。
政権入りしてもしばらくは、バーナンキレッドソックスのファンで、ポールソンはシカゴカブ・ファンという野球好きだけが共通の話題だった。
政治との距離は近くなく、議会説得も得意ではないが、今回の事態が歴史的に未曾有の経済危機であるという認識では一つとなる。
二人は性格も履歴も異なるが、この危機への認識と即断即決の重要性を知っていた。

ブッシュはこの二人に経済金融政策をゆだねてきた。
9月17日は一日中、二人と電話で連絡をとり、18日の朝も連絡をとった。昼前にコックスSEC委員長も同席して、AIG救済ばかりか大胆な不良債権処理のために公金を投入する必要性を大統領に説いた。


▲7000億ドルの財政出動はこうして決まった

米国歴史始まって以来の大出血プランは、7000億ドルもの新軍資金を調達して、ウォール街不良債権をワシントンに移管し、金融市場の安定を得るという画期的なものだ。楽観論者は5000億ドルで済むはずだと見積もる。
このために累積赤字の上限を11兆3000億ドルに嵩上げする、そのために議会の承認がいる。

ブッシュは三人の話を聞き終わってから短く言った。
「よし、それでいこう」。
午後に四人でホワイトハウスの中庭で記者会見を行った。

議会の説得にポールソンとバーナンキはともに当たった。標的はナンシー・ペロシ下院議長だった。
ペロシは下院議長、米国憲法にしたがえば、大統領にもしものことがあれば、副大統領(上院議長を兼ねる)の次、という要職である。ペロシは広島の視察から帰国したばかりだった。広島の原爆ドームで大粒の涙を流した。

それにしても、7000億ドルとはペンタゴンの年次予算を凌ぎ、イラク戦争の直接戦費より多く、米国民ひとりあたり2000ドルの負担になる。
「なぜ納税者がウォール街の高給取りの失敗の尻ぬぐいをするのか」。国民の怒りの声が聞こえる。

だが、ここで政府が決然と介入しなければ米国金融全体が負った傷口はもっと果てしなく広がり収束はおぼつかなくなるだろう、と大不況の研究家であるベン・バーナンキFRB議長は結論した。
「必要なときに大胆な資金供給が歴史的にも必要だ」というバーナンキのあだ名は{ヘリコプター・ベン}(救援に出動するヘリのごとく)。

鉄火場のその日暮らしの嵐を乗り切る方策を講じることは得意でも大局を判断ができないポールソンを電話で説得したのはバーナンキだった。
「もう、あの会社を助ける、この会社を見放すという議論をしているときではないですよ」。
ともかく、市場の決壊は一時的に避けられた。


▲次にやってくる豪嵐は何か?

当面は資金不足に陥ったウォール街に可能な限り潤沢な資金を供給し続け、自転車操業のペダルを止めさせないことである。
日本は三洋証券―北海道拓殖銀行山一証券の連続倒産が心理恐慌を引き起こし、ついには金融界の再編と再起に十年を要した。政策の失敗だった。

しかし、次にやってくる危機はヘッジファンドの解約が年末に集中し、いくつかのファンドが精算することになりそうなことである。株式と社債を組み込んだファンドから投資家は資金を引き揚げ、つぎに何に投資するだろう?

もうひとつがサブプライム危機の延長戦で、IOローンといわれる住宅ローンの残高が、およそ8200億ドル。(IOローンはインタレストオンリーの略。毎月金利だけ払い、満期に一括して元本を支払う住宅ローンの博打的一種)。

このIOローンの再設定は、住宅価格の暴落によって円滑に進まないであろうから、いま言われているファニーメイフレディマック債券関連の570兆円が整理されたあとにでてくるローン債務の不履行に対応しなければならないことである。

いずれも政策的には次期政権への繰り越しになる可能性が大きいとはいえ、爆弾を抱えている。大統領と財務長官はかわっても、バーナンキFRB議長はひきつづきFRBの職を継続するから、キーパーソンは、そのままバーナンキへの市場の信頼、FRBの監督ぶり、そしてウォール街の再活性化ビジョンの提示である。

不況は大型化し、国際的に広がりを持つから、長期化するだろう。